GWなので考えてみた。
自分はなぜ働いているのだろうか?
すぐに思いつくのは、
収入を得るためであり、
家族を支えるためであり、
自己実現のためである。
では十分な収入があれば働かないのか?
いや絶対に働くだろう。
働かなければ退屈で死んでしまう。
「やることがなにもない」ということほど、苦しくつらいものはない。
今も明日も1年後も10年後も、死ぬまで、何かやるべきことを抱えていたい。
家族を支えるとは、どういうことなのか?
それは単に収入の問題だけではない。
私と家族が何者であるのか?そして社会とどう関わっているのかを明かすものである。
単に収入が多いとか、社会的な地位が高いとか、有名だとかいうことだけでなく、
仕事を通じて得た知見や人脈が家族を支えることだろう。
他者との関わるきっかけだったり、関係を維持しようとして働いているのかもしれない。
自己実現とは何を実現したいのか?
自分の考えを具現化したい。
具現化したら、それがどれほど世の中の役に立って、
結果としてどれほどのリターンが得られるのか?ということが、人生で最大の関心事である。
リターンとは、金銭と経験である。
そして、リターンの量は、社会への貢献度に比例すると信じている。
社会への貢献度というのは、
どれだけ多くの人の役に立っているか?
どれだけ未来を変えることに役だっているのか?
という2点で測っている。
もし自分の仕事のリターンが少ないと感じるならば、それはこの2点での貢献度が低いからだ。
もしこの貢献度が低そうなのに、儲かっているということがあったら、
それはどこかで悪いことをしているに過ぎないと決めつけている。
自分への欲求。
自分に近い他者への欲求。
自分の属する集団への欲求。
自分と同じ生命への欲求。
などなど、欲求を働きかける階段はいくつもあるが、
自分はその階段を自分の足で登っていきたいと考えている。
スピードは遅くてもよい。
一歩ずつ、ずっと登り続けられれば。
スピードに惑わされず一歩一歩ですね。