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彼に遭遇したかもしれないが、そうではない可能性が圧倒的に優勢の場合における楽観について

 先週の話ー。

 先週、流行の風邪にかかってしまった。インフルエンザ・お腹からくる風邪・高熱・ノロウィルスなど人によって色々と症状はあるが、私の場合は喉だった。しかも症状には数段階のモデルチェンジがあったから腹立たしい。段階1は喉の痛み、ひたすらイガイガし激痛を伴う痛みだったがテンションをあげれば忘れられる症状だった。段階2は止まらない痰と咳そして肺の痛み、咳のし過ぎでどうにも器官が痛く止まらないゴホゴホで夜もなかなか寝付けないおまけつき。この時点でテンションの維持はだいぶ困難になってきていた。そして最終段階、声が出なくなってしまった。はじめは自嘲を込めた笑い話ですんでいたが、最終段階に入って尚、私の声帯はモデルチェンジを繰り返して行く…「lady GAGAみたいな声になった」「仁鶴師匠みたいじゃない!?」「スリムクラブの真栄田さんみたいな声になってしまった」「●×…`0(BR *guf/bjlrn ………」最後の最後では、まったく声が出なくなってしまったのだ。
 遠回りになったけれど、今日書くのは声帯を潰したあとに起きたことと、そしてそれにまつわる不思議な件について。
 声がまったく出なくなった日、早めに退社させてもらった私は夕方と夜の間を家に向かって歩いて帰っていた。後で分かった事だが、この時、ある病気と共に発熱していたらしい。その時は何も分かっていなかったので、暖かいお茶を飲んで眠れば治るだろうと信じながら、ただ「怠いなあ。痛いなあ」と心の中で一人虚しく呟きながら家路をとぼとぼ歩いていた。
 普段、私は道を歩く時、音楽を聴きながら前方5mくらい先を見ていると思う。けれど、この日は前述の体調不良のために視界に入るのは自分のスニーカーの爪先だけ。何かが付着して汚れた買って幾ばくも経っていないスニーカーの爪先が、右、左、右、左と前に出てくるのをひたすら数えながら、なんとか歩行を持続させていた様な気がする。いや、それも定かじゃない。自分ではいくらかシャンと歩いているつもりでも、やはり実態はヘロヘロで、ヨタヨタだったかもしれない。
 突然、真下に向けた私の視界に私のものではない黒い靴が飛び込んで来た。一瞬ドキリとしたものの「嗚呼、そうか横断歩道ね」と瞬時に(おそらく、その時の最速で)判断した私は、同じく横断歩道で立往生しているその黒い靴からすらり伸びた細長い足を下からゆっくりと見ていった。(この時の私は、一歩後ずさり相手と距離をとるということをしなかった。相手も特に動かなかった様に記憶している。)
 そこに居たのは、Jim Jarmuschその人だった。
 自分の生活圏内に、何の前触れも準備もなく有名人が飛び込んでくると、多くの人はどのようなリアクションをとるのだろうか。呆然とするのか、歓喜するのか、アメリカンな人なら握手を求めるのか、それとも必死で平静を装い「私は別に驚いてないけど、友達に教えてあげたら喜ぶだろうし一応ね」的な態度でもって、こっそり携帯でシャッターをきるのか。そのどれにも該当しなかった私がとった行動は、大多数とおそらく同じであろう凡庸な行動だった。もっと正直に言うと、行動と呼べるかどうかも怪しい態度で、ただ「うぁ…。」と一言。それが”声”か、はたまた身体から出てしまっただけの”音”かも分からないほどの私の”態度”は、冬のビル風に吹かれれば一瞬で消えてしまう程度のものだったろう。
 遠回りしてしまったが、兎に角、JJに遭遇した。全身黒ずくめで、四角いレトロな黒サングラス、嵐に遭ったようにうねり挙げている白髪、アウトドア向けでない真っ白な肌、ひと際目立つピンク色の大きな唇。どれをとっても、JJでしかなかった。
 「日本のしかも埼玉県にいるはずないじゃん」と言ってしまえば、話しは簡単だろう。しかも彼は大の外出嫌いだと聞いた事もある。一生にそう何度もマンハッタンを出た事すらないかもしれない。けれど、わたしはこれを少しウキウキした気持ちで「JJ事件簿」と名付けることにする。埼玉県のボーリング場の角をオレンジと紺の風景の中、気だるい感じで突っ立っていた彼は何とも美しいではないか。

 ここで一旦、意識が途切れるー。
 次に私が覚えているビジョンは、病院で神様の様なおじいさん医者に聴診器を当てられ息を吸い込んでる診察室の壁だった。ニコニコしながらレントゲン撮影に2度も失敗したおじいさん医者に診断をくだされながら「彼に遭ったのは夢だったのかなあ」と考えていた。ちなみに、この日私は急性気管支炎で38.7℃の高熱だったらしいのだけど。

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